制服のある学校の生徒は、基本おそろいの格好をしている。当たり前と言えば当たり前だけど、これが制服の本質。
英語で「uniform」っていうのは、uni-(ひとつの)form(かたち)ってことだもの。ひとつに統一された形ってことは当然「おそろい」ってことだ。
つまり、「地味でちゃんとしてて、おそろい」であるのが制服。
で、AKBの「制服」を見ると、まず「地味じゃない」。だって「桜の花びらたち」のジャケ写みたいな格好じゃ葬式行けないよね。
そして「ちゃんとしてない」。特に「制服が邪魔をする」以降に目につくようになった、裾を半分だけ出してるように見えるアシンメトリックなブラウスは、すごーく「ちゃんとしてない」というか「しだらない」印象が強い。
(略)
AKBの「制服」のもうひとつの特徴は「おそろいじゃない」。
最初のころはおそろいだったんだよ。でも気がつくとメンバーごとにばらつくようになった。
「PARTY」公演の「制服」は、「地味じゃない」けど、それなりに「ちゃんとしてる」し、「おそろい」だった。A2、K2のころからちょっと個人ごとのばらつきがあるようになったようです。
(略)
その後も「地味でなくちゃんとしもていなくて、おそろいですらない」というAKBの「制服」は徐々に進化していく。それがぎりぎり制服のように見える、という一線は残したまま。
これを「制服の脱構築」「制服のポストモダン」と呼ばずして何と呼ぼう(いや単に「変な制服」って呼びゃいいんですけどね)。
うわ、我ながら言い回しが20世紀っぽくて赤面してしまうのだが、でもホントに「脱構築」「ポストモダン」なんだもん。
(略)
何というか、これはもう制服に似せて最も「反制服的な制服」と言うしかないでしょ。まさに「制服(に対する、内部に留まって抵抗するという言葉の本来の意味に照らし合わせて誠に正統的な)レジスタンス」。
なんでAKBの「制服」はこんな特異な進化を遂げたのだろう?
いろいろ考えているんだけど、今ひとつまとまらない。
ただひとつ言えることは、おかげさまで、まだぎりぎり板野さんもまだ「制服」を着ることができるってことかしら。麻里子様はちょっと…。
そう、制服らしからぬ「制服」を採用することは、結果として現在の主力である1990~91年生まれ組が、AKBから離脱するのを防ぐ役割を担ってるとは言えますね。
東浩紀×川上量生 ハイコンテクスト文化となったニコ動はどう変わるべきか(1/2ページ) | ニコニコニュース
たとえば広島からの紆余曲折のストーリーを知らなくてもPerfumeの今のダンスを見ればそれだけで楽しめるわけだ。そして歴史や背景を知ればより深みにはまる二層構造。
(via ataru-mix)
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